◎ブルータスの心臓

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◎ブルータスの心臓 −完全犯罪殺人リレー
東野圭吾
光文社文庫


 本格推理ものの別称を“パズラー”と呼ぶのはもう死語なのか、大学時代の級友から聞いて以来殆ど耳にすることはなくなってしまったが、東野圭吾『ブルータスの心臓』を一読して、すっかり忘れかけていたこの言葉を思い出した。
 これはまさしくパズラーだといえるのではないか。パズラーという言葉の響きには余計な贅肉を剥ぎ取ってプロットをとことん突き詰めたものというイメージがあり、東野圭吾はあえて読者に感情移入をさせない文体で、完全犯罪計画から始まって意外な被害者と予期せぬ殺人事件へと次々と予測を裏切っていくというプロットに特化した小説を書き上げてみせたのではないだろうか。

 【人工知能ロボットの開発を手がけ、将来を嘱望される末永は、オーナーの婿養子候補になるが、恋人・康子の妊娠を知って困惑する。そんな矢先、室長から、同僚と共同で康子を殺害する計画を打ち明けられ、完全犯罪殺人計画を実行させるのだが。】

 タイトルにある「ブルータス」とは主人公、末永拓也が開発した高性能ロボットの名称。人工知能を搭載されているとはいえプログラムに組み込まれた命令を忠実に実行するだけの機械に感情も情緒もない。プロローグとエンディングがロボットによる殺人であるのも意味深だったが、殺人計画書に記された「ABC」に象徴されるように生身の拓也たちでさえも東野圭吾は組み込んだプログラムの一部でしかといわんばかりだ。
 もちろん、かつて宮部みゆきがラジオで「私たちは神の目で登場人たちを眺めている」といった通り、もともとミステリーの書き手たちにはプログラマー的な素養が必要なのかもしれないが、それでも読者が主人公に思い入れを抱くような性格設定は本来ならば不可欠で、まして殺人計画が事前に示され、それが破綻していくサスペンスで読ませるならば、なおさら主人公に感情移入させるというのが常套手段であるはずだった。
 それだけ人間のドラマで読ませることよりもプロットだけで読ませるという東野の自信がこの小説にはあったのだろう。確かに『完全犯罪殺人リレー』というサブタイトルにあるように、その完全犯罪計画もなかなか面白く読ませるうえに、倒叙ものの様相を呈してきたと思わせた途端に早くも計画が破綻。その破綻した謎を追って拓也自身も身の危険を感じながら新たな犯罪に手を染めていくというプロセスはまったく先読みが不可能であり、内田康夫の良い意味でも悪い意味でも行き当たりばったりの旅情サスペンスとは対極の世界がここにある。
 クールよりホット。ドライよりウェット。というのが私の趣向なので、自信を持って好きな作品だとは言い難い部分もあるものの、メインタイトルの『ブルータスの心臓』には、まさに「ブルータス、お前もか?」という有名なセリフが思い浮かんだし、『完全犯罪殺人リレー』というサブタイトルにはスターターとアンカーに本当のアリバイリレーの謎があったことを知り、東野圭吾の練りに練ったプロットにニヤリとさせられたりもした。
 ただ、実際は東名高速を往復するトリックは交通網に張り巡らされたNシステムの導入などにより計画の実現は不可能であるとは思った。
 内容にあまり踏み込めないのでこの手の作品の感想は難しい。


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