◎フイッシュストーリー

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◎フイッシュストーリー
伊坂幸太郎
新潮文庫


 ここまで伊坂幸太郎の小説を読んでいて、不可思議な物語が登場人物たちを翻弄しているのか、不可思議な奴らが物語を不可思議な方向に導いているのかどちらなのだろうと思うことがある。簡単にいってしまえば、その両者の相互作用によって伊坂幸太郎ワールドが出来上がっているのだろうが、この『フイッシュストーリー』に限れば明らかに後者のテイストにある。

 【「なあ、この曲はちゃんと誰かに届いてるのかよ?」売れないロックバンドが最後のレコーディングで叫んだ声が時空を越えて奇蹟を起こす。】

 それぞれ一家言持つ変な奴らが編んだ『動物園のエンジン』『サクリファイス』『フイシュストーリー』『ポテチ』の四つの物語からなる短編集。
 しかし「変な奴らが編んだ」といっても過去に伊坂作品で登場したお馴染みの面々が登場するので、そうなると「伊坂ファンなら思わずニヤリとさせられる」「過去の諸作を読んでいると面白が倍増する」という謳いが必ず出てくる。
 正直いうとこういうのは一人楽屋落ちのようで個人的にはあまり好きではない。確かに一種のシリーズを読む楽しさはあるとは思うものの、私はあれとこれがリンクしていることを見つけて楽しむことを徒労と感じてしまう読者なのだ。
 例えば『動物園のエンジン』の主人公の友人が『オーデュボンの祈り』の伊藤であることに意味はないし、河原崎が『ラッシュライフ』の主人公のひとりの父親である必然も感じない。『サクリファイス』の黒澤などいきなり冒頭から「出落ちかいな」と突っ込みを入れたくなった。
 しかし、そうなると『フィッシュストーリー』の半分も楽しめないのかというとそうでもない。もうここまでくれば私にも伊坂ワールドがこういうものなのだという事前承諾がある。悔しいが黒澤など、好きなキャラクターには活躍を期待してしまう自分もいる。ただ初めて本書から伊坂幸太郎に入る読者は多少、不自由な思いをするのではないかとは思う。

 この短編集は小説雑誌に発表した三編に、書き下ろし一編を加えたものだという。様々な小説が掲載される雑誌の中で、『動物園のエンジン』などはメインにはならないものの、オーソドックな小説に囲まれるほど存在感を際立たせるのではないか。逆をいえばこの短編はそういう環境の中で光る作品なので、単行本として100%伊坂ワールドに入ってしまうと少々弱いのではないかと思う。
 河原崎という特異なキャラが勝手に事件を作り出して、語り手である主人公を巻き込んでいくストーリーは悪くなかったものの、最後の落としどころで感動させる構成が、伊坂が狙ったほどには効果は上げていなかったように思うし、『ラッシュライフ』を読んでいるので河原崎の軽みが、実はもやもやした闇を抱えていることが想像できてしまって辛くもあった。

 『サクリファイス』は古来からの因習が残る閉鎖的な山里の村という横溝正史的な世界に、合理的な都会キャラである黒澤を投げ込んだらどんな化学反応を起こすものか伊坂も楽しみながら書いた作品なのだろう。なるほど、空き巣でありながら探偵も兼ねている黒澤は何かと便利な存在ではある。
 こういうミステリ仕立ての作品には必ず種明かしが必要で、黒澤が謎に深入りしつつも、最後は無事に生還することがお約束であるならば、どうしてもその種明かしの質が問われることになる。そこの部分で明らかに物足りないと思った。黒澤の相変わらずのストイズムみたいなものは楽しめたが、ここに黒澤がキャスティングされる必然があったのか疑問だったし、黒澤のストイズムを際出せるならば、もっと違う物語があったのではないだろうか。

 「僕の孤独が魚だとしたら、そのあまりの巨大さと獰猛さら、鯨でさえ逃げ出すに違いない・・・」
 表題作の『フィッシュストーリー』はいかにも伊坂幸太郎らしい一編。まあ『重力ピエロ』も『死神の精度』の有名どころを未読の段階で「らしい」というのは乱暴かとも思うが、少なくともひとつのロジックが時間軸を超えて様々な人物や事象に影響を及ぼしていくというシチュエーションの話を「伊坂らしい」と書いてしまうことに躊躇はない。その意味でも本作が四編中で最も伊坂ファンの支持を集めるのだろう。
 文庫本60ページほどの文字量の中で、それぞれ「二十数年前」「現在」「三十数年前」「十年後」と四つのエピソードが綴られている。「この世の中は“神様のレシピ”で決められている。」という伊坂テーゼからすれば、40年という時間のスパンを設けることで様々なストーリーを描くことができ、長編でも十分にいける舞台装置を整えた上での短編なので、わりと肩の力を抜いて仕上げたのではないかと思う。
 惜しむらくは、時代を先取りしすぎて売れなかったロックバンドのレコーディングした曲をもう少し生かして欲しかったとは思う。神様のレシピは古い小説ではなく、一分間の空白がある曲だったとすればもっと豊潤な味わいになっていただろう。
 
 「万有引力の法則」を発見しつつも『ラッシュライフ』では味付け程度の登場だった今村が、『ポテチ』では「ピタゴラスの定理」の発見を引っさげて主役で登場する。個人的にはこれが一番面白かった。
 書下ろしで100ページを超える作品は中編と呼ぶべきか。とにかく先の予想がつかない面白さに満ちている。先の展開が読めないといってもストーリーが山あり谷ありのジェットコースターだというわけではなく、漫画を読み耽る今村に苛立つ大西(女性名称を苗字で表わす小説にお目にかかったのは初めて)がいて、その場所が空き巣に入った部屋だという意表のつき方にまず驚かされるし、今村が投身自殺を思い留ませた女性が大西のことで、それ以来二人が泥棒カップルになっているという非常識さも愉快だった。
 伊坂ワールドではサラリーマンや主婦という日常的な人たちと同じ地平に泥棒や殺し屋がいるのが面白い。予想がつかないのはストーリーではなく、登場人物たちの性格や言動にある。私もようやくそういうものを面白がれるようになった。
 しかも『ポテチ』は結構泣かせる。伊坂幸太郎の小説は不思議なシチュエーションにも関わらず、最後の種明かしが説明過多となって若干もたつく嫌いがあるのだが、今村の出生にまつわる秘密のすべてが、ポテトチップスの袋の取り違えで明らかとなり、そこが泣かせどころになっているあたりは拍手ものだった。
 今村も、その母も大西も、もちろん脇に回ってギラっと光る黒澤もいい。もともとキャラクター付けが上手な作家だが、それが『ポテチ』では最高の形となったのでないだろうか。


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