◎ソロモンの偽証/第Ⅱ部・決意

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◎ソロモンの偽証
      第Ⅱ部 決意

宮部みゆき
新潮社


 読み手が面食らうほどに宮部みゆきは、第二部で視線を変えてきた。その時々に応じて登場人物たちをズーミングしてきた俯瞰カメラから、三脚を捨て、ハンディカメラを担いで登場人物と一緒に駆け始めたのだ。ハンディなので画面はブレるが、中学生たちの息遣いがリアルに迫ってくるような臨場感に溢れ、今はとっととこの駄文を打ち切って最終章を読み始めたいという衝動に駆られている。

 【期間はわずか15日。有志を集め証人を探せ!14歳の夏をかけた決戦。もう大人たちに任せておけない。一人の女子生徒が立ち上がった。隠された真実を暴くため、学校内裁判を開廷しよう!教師による圧力に屈せず走り出す数名の有志たち。そして他校から名乗りを上げた弁護人の降臨。その手捌きに一同は戦慄した…。】

 しかし、真実を知るべきだ、知りたい、そうしなければ大人になれない!という思いで中学生だけの学校裁判の開廷に疾走していく藤野涼子の決意のまま、全編が一気に走っていくという作風にシフトしているわけではない。決してスティーグ・ラーソンの『ミレニアム』三部作のように、時間も忘れてジェットコースターに乗った気分で一気読みする小説ではないのだ。
 むしろ宮部みゆきは中学生たちが裁判での勝利を目指して地道な証拠集めに奔る姿を丁寧に(執拗に?)描くことに腐心している。決して全力疾走はさせない。715ページという分量を、いや三部作で2200ページにも及ぶ距離を測りながら息切れしないように十分にペース配分を整えているという印象すら持つ。
 そして、明らかに宮部みゆきが謎と伏線を随所に種撒きのように散りばめているのがわかる。その種が芽を出すのかどうかもわからないまま、その場所を脳に留めておかなければならない。その作業が意外とやっかいだった。肝心な部分がはっきりしないままに読んでいく第二部の715ページを非常にもどかしく感じたのは自分だけではないだろう。
 もちろんそこに不満があるわけではない。そもそも『ソロモンの偽証』とはそういう小説なのだから、読み始めた以上はそれに従うしかない。恐るべしは宮部みゆきなのだ。

 さて「第Ⅱ部・決意」を読みながら、この第二部のサブタイトルは「決意」ではなく、「覚悟」の方が相応しいのでしないかと思う瞬間が何度かあった。
 実際、「覚悟」というキーワードが語られていたりもするのだが、もともと「第一部」の最後で「自分たちで真実を見つけ出します」と涼子は決意して走り出したではないか。この第二部で問われているのは「決意」の先にある「覚悟」ではないのか。
 当初、大出俊次の弁護に名乗りをあげた涼子は、父親が警視庁捜査一課の刑事だということで検察側に回ることになる。クラスメイトの無実を証明する側から有罪を立証する側で、すべてに妥協しない「覚悟」が求められるべきなのだ。
 しかし最後の715ページ目を読んで本を閉じたとき、改めてサブタイトルは「決意」で正しかったのだとわかる。
 そう、涼子はこの小説の主人公のひとりには違いないが、どうやら『ソロモンの偽証』はこのヒロインひとりの活躍を描く物語ではないことがわかる。弁護側助手の野田健一、被告の大出俊次、検察側証人の三宅樹里。さらには自殺事件が発端で学校を追われた元校長の津田や担任教諭の森内という、様々な事情で叩きのめされてきた彼らのそれぞれの「決意」が学校内裁判に帰結していく。
 唯一、決意の段階が描かれず、突如として弁護人に名乗り出た神原和彦。“対岸を見てきたような目をしていた少年”としてチラっと「第一部」で姿を見せていたが、その時点で宮部みゆきは三中のクラスメイトたちとは一線を画す14歳として彼を描いていた。決意の段階を省略されて、彼はすでに何かの「覚悟」を抱いているようだが、その詳細は一切明かされていない。宮部みゆきが本当に伏線の種を撒いているのだとすれば、この和彦の足跡に沿って撒いているとしか思えない。それとも有能なミステリー作家はそこで我々の疑惑を巧みにミスリードしているのだろうか。
 兎にも角にもこの頭脳明晰な謎多き少年の登場で、この小説は涼子を中心とした世界とは違う側面を見せ始めていく。

 極力、この小説の内容情報の遮断に努めた甲斐もあり、なかなか緊張感のある読書を楽しんではいるのだが、この三部作の最終章のサブタイトルが「法廷」であることは遮断しようがなかった。
 だから本屋の店頭に積まれている段階から『ソロモンの偽証』が法廷劇になることの予測はしていたが(サブタイトル以前にメインタイトルがそのものズバリなのだが)、まさか中学生の意志で開廷される模擬法廷のことだったとは予測していなかった。
 当然、14歳たちは「裁判ごっこ」「茶番」「遊び」と教師や父兄から非難され、「お前たち子供に何が出来るのだ」と批判され、一部教師からは明らさまに妨害を受けることになる。そう、この小説には “分からず屋の大人たちに立ち向かう中学生”という安っぽく、ありきたりなテーマに陥ってしまう危険性が十分にあった。いや、実際にそういうテーマが内包されていないかといえば嘘になるだろう。しかし安っぽさは微塵にも感じさせない。
 何故なら、まだ事前調査の段階からリーガルサスペンスの醍醐味に満ちているからに他ならず、クラスメイトがひとり、またひとりと死体になって発見されるような連続殺人が起こるわけでもなく、前回の感想で「実はこの第一部では何もわかってはいない。何せ犯人がいるのかいないのすらわからないのだ。」と書いことから、それほど事件が進展しているわけでもない。
 しかし検事と弁護士のそれぞれの調査から、何か得体の知れない核心に近づきつつある予感はある。これを本格リーガルサスペンスといわずして何というのか。

 とにかく『火車』『理由』『模倣犯』と読書疎遠時代でさえ夢中にさせてくれ、結果的に[読書道]なるのものに導いてくれた宮部みゆきについては絶大なる信頼を置いている。だからこそ第三部への期待と不安がある。
 では隠しきれない緊張感をもって、最終巻の1ページ目を開いていくことにしようか。


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