◎ソウルケイジ

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◎ソウルケイジ
誉田哲也
光文社文庫


 【多摩川土手に放置された車両から、血塗れの左手首が発見された!近くの工務店のガレージが血の海になっており、手首は工務店の主人のものと判明。死体なき殺人事件として捜査が開始された。遺体はどこに?なぜ手首だけが残されていたのか?姫川玲子ら捜査一課の刑事たちが捜査を進める中、驚くべき事実が次々と浮かび上がる。】

 「軽い」「グロい」「ミステリーの体を成していない」「人物造形が浅い」「リアリティがない」といった前作の悪評はこの『ソウルケイジ』でかなりの部分、解消されていたのではないか。
 丹念な捜査を積み重ね、帳場で聞き込みの成果を摺合せ、新たな捜査方針を立てていく。そこで浮かび上がった濃密な人間模様。
 なるほど警察小説としては及第点だったかもしれない。ミステリー小説では「首のない死体」は被害者の入れ替わりというのが常套ではあるのだが、そのトリックも大仰に披露されるわけでもなく、上手く物語の中にストンと落ちてなかなかの余韻を残すことにも成功している。ますます誉田哲也という作家の力量の一端を顧みた気もする。

 しかし私は圧倒的に前作の方が面白かった。それは『ソウルケイジ』が警察小説の習作の域を出ていなかった点にある。
 はっきりいって地道な捜査から浮かび上がる人間ドラマという点では横山秀夫や佐々木譲に人生経験の差を感じるし、リアリティの点からしても現実を思えば前作の事件はおそらく警視庁でも未曾有のスキャンダルであり、どう考えても上層部が同じ顔ぶれで捜査本部に顔を揃えていられるわけはない。
 そもそも今回の事件。実際の捜査ならば初動捜査での玲子の致命的なミスは怠慢の誹りから逃れられるものではなく、おそらくマスコミの袋叩きに遭うことだろう。
 前作のノリで突っ走れば一切気にならなかったことが、この第二作はなまじ構成を緻密にしてしまったがためにそれらの項目が非常に目障りに映る。所詮はシリーズもののお約束ということでお茶を濁すということなのか。
 前作が女刑事ものだとすれば、今回は女上司ものの色合いが強い。そうなると途端に玲子像がやり手の雑誌のエディターか広告代理店のプランナーに思えてしまい、この事件(物語)を描くならば姫川玲子シリーズに組み込むべきではなかったとの思いが強い。
 何よりも姫川玲子という女刑事をとことん追い込んだ前作と比べ、今回の誉田哲也は「事件」そのものに力点を置いている。その結果、愛すべきヒロインは事件の全容を進行させるコマにすぎなくなり、そこが俄か玲子ファンとしてはひどく不満だった。

 結局『ソウルケイジ』では玲子に殆どドラマが与えられていない。ドラマを抱えていない姫川玲子警部補など私の中ではまったくありえないものとなる。そう、何を隠そう私は「玲子しゃ~ん」と金魚の糞のようにつきまとう井岡や、「姫~っ」とことあるごとにデートに誘う国奥と大して変わらないことを白状しておこう。
 かといって玲子と“捜査マシン”日下を対決させるほど、両者のコントラストの違いは鮮明とはいえなかったし、むしろ日下のスピンオフでやった方が、追い詰める刑事と追い詰められる関係者とのドラマがもっと高みに昇ったと思うのだがどうだろう。ある意味『ソウルケイジ』はもっと日下のドラマにしてもよかった。

 まぁそういう意味で私にとって『ソウルケイジ』は残念な読後感になってしまったのだが、冒頭にも書いたとおり、警察小説の習作というレベルには優に達しているのは間違いない。
 暗い過去を背負った青年の成長過程はじっくり読ませるし、犯人の行動原理を「父性」にあるという定義も悪くない。蒲田の町工場の生活感や、足立の地上げで生気を失った町の描写にもそれとなく生活感が漂っている。

 誉田哲也という、書店での平積みで名前だけを見かけていた作家への信頼にいささかの影を落とすものではなかったことは最後に付け加えておきたい。


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