◎シンメトリー

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◎シンメトリー
誉田哲也
光文社文庫


 姫川玲子シリーズの第三弾は連作短編集だった。よくは知らないが、こういう短編があれば連続テレビドラマの原作ネタには困らないのだろう。折しも竹内結子の主演で映画が公開中だが、これは食指が動かない。テレビシリーズもおそらく観ることはないだろう。
 私の姫川玲子への俄か惚れは活字の中のみに完結させておきたいと思っている。

 【百人を超える死者を出した列車事故。原因は、踏切内に進入した飲酒運転の車だった。危険運転致死傷罪はまだなく、運転していた男の刑期はたったの五年。目の前で死んでいった顔見知りの女子高生、失った自分の右腕。元駅員は復讐を心に誓うが…。他、警視庁捜査一課刑事・姫川玲子の魅力が横溢する七つの事件。】

 この連作短編には『東京』『過ぎた正義』『右では殴らない』『シンメトリー』『左だけ見た場合』『悪しき実』『手紙』の七編が収録されている。文庫版の解説で知ったのだが、それぞれのタイトルを縦に並べると、表題作を軸にして右と左でシンメトリーになるように工夫されている。なかなか洒落た趣向ではある。
 ただし表題作のシンメトリーの意味はとってつけたようなもので、もともとそういうメタミステリー的なレトリックで読ませるシリーズではないのでしょうがないのだろうが。

 『東京』は玲子が巡査だった25歳のとき、癌で死んだ上司から刑事としての矜持をもらう物語。
 回想で一篇の物語を完結させてしまうのが短編のいいところかもしれないが、いきなりの浪花節ではじめましたか?というスタートとなった。こういう涙腺直撃の浪花節には無防備な男なので読後はさもありなんなのだが、飛び降り自殺を図る女子高生に末期がんを告白して説得に当たるという展開は昔、刑事ドラマで観たクサい設定のような気もしたが、こういうのは俳優のセリフに乗せて観るよりも活字で味わった方がいいのかも知れない。
 いいがかりをつければ、『東京』というタイトルで「あの人が命かけて、体張って、守った東京だもの。きっと今も、あの空の上から見守ってくれてる~」などと妻にいわせているのだから、墓地が神奈川県川崎市の向ヶ丘というのはいかがなものだろうか。

 『過ぎた正義』はとにかく誉田哲也の筆力で読ませる一篇。とくに川越の少年刑務所近くの国道で玲子と元刑事の倉田が交錯する真夏のジリジリするような日差しが一瞬のうちに風景を情景へと変えていく。二人が過ごした時間はほんのひと時だったかもしれないが、正義とは何か、裁き裁かれる者とは誰かという濃密な時間が流れていく。
 対峙する倉田は玲子よりも圧倒的に人生の重味を背負っている。しかし刑事と元刑事との対決は鮮烈。このエピソードは完結することなく続いていくことが暗示されるが、おそらくこの連作短編の中でも白眉の出来栄えだといえるだろう。
 この倉田がこの後に刊行された『感染遊戯』なるスピンオフにも登場すると知り、まだ文庫化されていないが購入することに決めた。

 『右では殴らない』。不思議なタイトルだが、最後の最後になってその意味が解るという落ち。ある意味、最も姫川玲子という女刑事の魅力が発揮された作品だった。
 この短編の面白さはとにかく玲子が怒りまくっていることにある。援交女子高生をセッキョーしまくる啖呵があまりにも痛快で、玲子ファンは思いっきり溜飲を下げたのではないだろうか。活字を追いながら玲子の怒声が肉声になって聞こえてきそうな勢いだが、誉田哲也を凄いと思うのは、玲子のセリフに一度も「!」を使っていなかったことだ。
 第一作の『ストロベリーナイト』の感想で乃南アサの描く女刑事との比較をダラダラとやってしまったのが、そんなことはまるで意味がなかったことを痛感させられる。
 

 『シンメトリー』はやや私にはとっつきにくい作品だった。おそらく誉田哲也は憎悪に取り憑かれた人間の異常心理を追求したかったのだろう。列車事故の描写から犯行に至るまで、犯人と、被害者遺族たちの描写がヒリヒリと痛かった。
 ここでも「正義とは何か」という命題が見え隠れしているのだが、それに対する玲子の立ち位置の軽さが気になったのと、シンメトリーに執着する犯人の性向をもっと描くべきだったのではないかと、せっかくの表題作がやや残念な読後感に終わってしまった。

 『左だけ見た場合』は最後に短編らしいウィットで〆た不思議な作品。『右では殴らない』で図らずもマッチョな女刑事ぶりを披露した玲子は、この作品ではインテリジェンスな一面を覗かせる。そう「頭のいい勉強のできるお姉さん」というイメージは玲子の大きな魅力のひとつだ。
 この作品で玲子が見せたのが、ダイイングメッセージの解明。いわゆる暗号の解読だ。短編というやや融通の利く世界観で誉田哲也はいろいろと試しているのかもしれない。

 『悪しき実』は、話としてはヒットマンに仕立てられたやくざと情婦との一幕物という趣向で、それほど真新しさはないものの、玲子が広域暴力団大和会にはっきりと憎しみを自覚するところで終わっているのが肝になったような気がする。
 この展開は次回作以降に関わっていくのだろうか。今これを書きながら、実は第四作『インビジブルレイン』を読み始めている最中で、序盤での暴力団の登場は玲子との対決まで発展していく予感がする。どうなるのかはわからないが。

 最後の『手紙』も回想ものだ。玲子のヒロイズムが発揮された作品で、これも姫川玲子のイメージ像を読者が膨らませるのに一役買う一篇となっている。
 まあヒロイズムといっても「手柄」を狙う刑事の習性は旺盛で、そこに玲子が単純なヒューマニズムだけで動いていない部分もあり、決して男社会で健気に生きているだけのヒロインではない証左でもあるのだが、一緒にペアを組んだ高野という女捜査官に役者の違いを見せつけるあたりはなかなか痛快ではあった。
 回想ものの常道として、玲子が上司の今泉とライバルの日下と初めて出会う場面なども用意されていた。

 連作短編は長編シリーズの中での閑話休題的な位置付けになりがちなのだが、どうも長編の伏線になっている感じがするので適当に飛ばせない雰囲気がある。
 もちろんそうはいっても姫川玲子の魅力を私生活や過去のトラウマの中で描出した『ストロベリーナイト』ほど、彼女自身を描くものではなく、短編の宿命として玲子の部分部分を記号化して提示した感は否めないのだが、こうして様々な事件を与えられ、それと対峙するヒロインを追いながら、『ソウルケイジ』で感じた物足りなさが自分の中で少しずつ払拭されていくのが実感できたのが大きかった。


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