◎シアター!

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◎シアター!
有川 浩
メディアワークス文庫


 有川浩の「自衛隊三部作」 「図書館戦争シリーズ」をかなり前がかりで読んでいたのは去年の夏の今頃のこと。早いもので一年が「ああっ?」という間に過ぎた。去夏はここまで暑くなく、本を読むには最適だったな、などと思い出しながらページをめくっていた。

 【小劇団「シアターフラッグ」に解散の危機が迫っていた。その負債額なんと300万円!悩んだ主宰の春川巧は兄の司に泣きつく。司は巧にお金を貸す代わりに「2年間で劇団の収益からこの300万を返せ。できない場合は劇団を潰せ」と厳しい条件を出した。】

  さて、この『シアター!』という小説。正体不明の怪獣が出てくるわけでもなく、関東図書隊と良化特務機関がドンパチやるわけでもない。若い小劇団の話だ。
 物語に入るまでのまでのイメージとしては、ひと癖もふた癖もある劇団員が上へ下へ、斜めへと縦横無尽に動き回り、その中でいくつかの恋愛エピソードが飛び出して、最後は大団円のカーテンコールを迎えるのだろうなという予測は立てていた。
 ところが、群像恋愛劇だと踏んでいたのが、兄弟の話になっていたのは少し意外だった。
 ただ、見開きでシアターフラッグのメンバーが紹介されているものの、ヒロインの羽田千歳をはじめ、劇団員のそれぞれがキャラ立ちしているとも思えず、何となくそういう設定を割り振られたものの、まだその設定の中で都合よく役割を演じているに留まっているという印象をもった。
 だから看板女優の早瀬牧子が千歳の登場に動揺する気配を読みながら、牧子が春川巧に想いを寄せているのだということを知りつつも、それはそういう設定であることを知っただけで、牧子の少し屈折した心情にそれほど深くドラマが掘り込まれているわけではなかったし、「なにわリアリスト」大野ゆかり、「熱血担当」黒川勝人、「丸いペシミスト」秦泉寺太志といった面々も、解りやすくそういうキャラであることが極端に強調されているので、(少なくとも私は)導入でいきなり親しみや共感を覚えるまでに至ることは出来なかった。
 そう、読み手はまだ劇団シアターフラッグと伴走しているのではなく、初めてシアターフラッグの楽屋を訪ねて、連中の第一印象に触れたという感じなのだろう。
 だから連続ドラマの初回放送を見ているような所在なさは指摘しておくべきはないかと思った。
 しかしそれは『図書館戦争』の第一作を読み始めたときの感じとよく似ている。あれも最初から全員が愛すべきキャラとして登場してきたわけではなかった。
 有川浩という作家には、引いた視点からキャラクターを記号のように操りながら冷徹に物語を進めていく資質は「多分」ないので、いよいよ劇団員のそれぞれが走り出すのは続編以降なのだろうと最初からタカを括るべきなのだろう。

 その中で唯一、早くもキャラが立ちまくっていたのは「鉄血宰相」の春川司だった。
 先にも書いたが『シアター!』は兄弟の話が骨子となっているので、実は劇団シアターフラッグは主役ではなく、あくまでも司の印象として劇団と小演劇界が語られていく。
 強いしっかり者の兄と甘えん坊で泣き虫の弟という設定は、守る者・守られる者の関係が、いかにも有川浩の好みな展開ではあるのだが、幼い頃からのエピソードからはじめて、そこそこ濃密には描いているものの、おそらく有川浩は小演劇という、世間の常識からかけ離れた業界への興味がまず第一義的にあったのだろう。
 その非常識な業界のシステムを司に批評させることで、小演劇に興味がないであろう読書も十分に惹きつけられると踏んだに違いなく、劇団員たちのキャラはその内に走り出すだろうという余裕も見え隠れしている。
 確かにまともな社会経験を持たない劇団員たちの甘さには笑えるが、業界の非常識は驚くと同時に楽しかった。とくに外部の舞台監督がきちんと収入を得て、劇団員たちは貧乏なままという矛盾はなかなか面白く、劇団員たちは余所の劇場に関わることで食いつないでいくなど、「なんだそりゃ?」という話だが、こういう業界の大らかな欠陥を知ることがこの小説の楽しさでもあった。
 そしてこの楽しいという感覚は常に会社の売上げと利益に奔走してきた私にとって「羨ましい」と同義でもあった。これほど無垢に好きなものに打ち込めることへの羨望もあるが、食えないことが犠牲ではなく普通のことだという彼らの次元が何よりも羨ましかった。

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