◎ゴールデンスランバー

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◎ゴールデンスランバー
伊坂幸太郎
新潮社


 熱心な読書家とは言い難いが、こうして通勤電車で、就寝の枕元で継続的に本に親しんでいるのだから、一年を区切りに毎年『読書道大賞』などと称して年間のベスト5程度を選出してみるのも面白いのではないかと思いはじめている。
 もしそれを実行したとすれば、間違いなく伊坂幸太郎『ゴールデンスランバー』はナンバーワン候補になるに違いない。それほど面白かった。不徳要領な点も多々あり、文学として最上とまではいえないにしても、読後にどれだけ気持ちのよい思いをしたかという趣向のランキングであるならば、これは文句なしだといえる。

 【仙台で首相の凱旋パレードが行われている時、青柳雅春は旧友に何年かぶりで呼び出されていた。訝る青柳に、友は「おまえは、陥れられている。今も、その最中だ。首相はパレード中に暗殺される。逃げろ!オズワルドにされるぞ」と、鬼気迫る調子で訴えてきた。と、遠くで爆音がし、折しも現れた警官は青柳に向かって拳銃を構えた。】

 とにかく、たまたま手に取った雑誌で伊坂幸太郎が特集されていて、これも何かのきっかけだとばかりに読みはじめて、ようやくその世界観に乗れた気がする。
 『グラスホッパー』も『ラッシュライフ』も悪くはないのだが、自分の嗜好とは明らかにズレがあり、この『ゴールデンスランバー』にしても、ページをめくった途単に影絵のイラストで主役となる人物が示され、それが入れ替わりながら時間軸を行き来するスタイルであると知ったとき、「またこのパターンかよ」と正直げんなりもした。前回も書いたが、私はこのスタイルを100%面白がることができないでいる。
 それが今回はものの見事にはまった。まず主役に選ばれた人物が首相暗殺の濡れ衣を着せられた青柳雅春と、かつて学生時代に青柳と交際していた一児の母・樋口晴子だけだというのがありがたい。主役が大勢いると、無意識のうちにずっと楽しんでいたい人物と、そろそろ退場してくれと願いたくなる人物とにランク分けしてしまい、それらが混って物語への集中力を散漫にさせるという悪循環が(個人的にだが)伊坂作品にはあったように思う。
 そして何よりも構成が既読の作品と比べて抜群に素晴らしい。私が違和感を抱いていた「過剰すぎる伏線のバラ撒き」「種明かしの冗長さ」「物語と無関係な台詞の羅列」といったものが、むしろ『ゴールデンスランバー』ではことごとく効果をあげていたのではないだろうか。

 「過剰すぎる伏線のバラ巻き」については、ご飯粒の食べ残し、正月の書初め、エレベーターのボタンの押し方まで枚挙に暇がないのだが、それをよくぞ過激にまで回収してくれたものだと拍手を送りたくなる。「よくできました」「痴漢は死ね」などのロジックが読後感を決定づけるような感動にまで昇華させるテクニックは相当なものだ。
 そして「種明かしの冗長さ」など、微塵にも感じられなかった。何故なら、『ゴールデンスランバー』で伊坂は種明かしなど最初からする気はなかったのだと思っている。
 青柳の旧友・森田森吾はいう「お前、オズワルドになるな」と。おそらくオズワルド自身が種明かしなど持っていなかったにのだから、青柳が感じた不条理のまま読者も不条理を迷走をしていればよい。だから読書レヴューで「巨悪の正体に対する説明がない」という声が多いのには驚かされた。巨悪の種明かしまで望む人はJFK暗殺の事件にも鈍い反応しかできないのではないか。そもそもそれをやってしまったらまったく違う小説になってしまうではないか。
 「物語と無関係な台詞の羅列」について、私もそれが伊坂作品の魅力だとはわかっていて、事実、伊坂を読み出したきっかけも『陽気なギャングが地球を回す』の響野の雄弁ぶりがツボにはまり、「薀蓄を傾ければ傾けるほど饒舌ぶりがボケとなって笑いを誘い、読み手を和ませてしまうあたりに本書が受け入れられる「時代」というものがあるのだろう。」とまで書いている。
 しかし、何冊か読書を重ねていくと、伊坂幸太郎自身が単にそういう台詞を物語に織り込みたいだけなのではないかと疑念が湧き、そうなると、どこかしこに無数の響野が出てきて、伊坂ワールドの中には響野しか存在していないのではないかと食傷していたのだ。
 もちろん、ここにも響野的な人物が何人も出てくる。「森の声が聞こえる」から「ロックだぜ」まで、青柳を取り巻く人物たちを伊坂がきちんと書き分けているとはとても思えないのが、この小説の欠点らしきものなのかもしれない。
 ただ、『ゴールデンスランバー』の物語世界に早々から乗っていけたのは、実は樋口春子と以前の同僚であるOLとのダベリ話からだった。
「あのさ、前から聞きたかったんだけど、晴子ちゃんって、わたしのこと職場でどう思ってた?」 「見上げてた」 「何それ」 「生命力に溢れてたし」 「溢れる生命力って、ゴキブリに使う表現だよね」
 不覚にもこのやりとりには笑ってしまった。頭の切れる作家はこういうなんでもない会話から読者を小説世界へと引っ張り込んでしまうものなのだろう。

 『ゴールデンスランバー』の大半は青柳雅晴の逃亡劇だ。舞台となる仙台市街の至る所に監視ポッドが置かれていて、主人公はそこをかいくぐって行かなければならない。そうなるといかにも高見広春の『バトル・ロワイヤル』のようなゲーム感覚の世界観になってしまうのだが、そこに特化することはなくハラハラドキドキの逃亡劇が進行するのは成功だった。
 伊坂の作風はゲーム的というよりもやはりパズルなのだろう。『ラッシュライフ』などは主役も時間軸もずらしながら一定の法則に従って騙し絵が完成される「小説の形」にこだわっていたようで、私には手におえない気がしたのだが、『ゴールデンスランバー』は同じような形式をとりながら、ちりばめられたピースをはめ込んでいったとき、「友情」「信頼」が姿を見せてくれたのが何よりも嬉しく、そして大いに感服した。
 
 図書館にて単行本を借りたのだが、誠に返却するのが忍びなかった。朗報として、近日に文庫化された『ゴールデンスランバー』が発売されるという。
 辺境のサイトからぜひお薦めしておきたい。


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