◎まほろ駅前多田便利軒

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◎まほろ駅前多田便利軒
三浦しをん
文春文庫


 【まほろ市は東京のはずれに位置する都南西部最大の町。駅前で便利屋を営む多田啓介のもとに高校時代の同級生・行天春彦がころがりこんだ。ペットあずかりに塾の送迎、納屋の整理etc.―ありふれた依頼のはずがこのコンビにかかると何故かキナ臭い状況に。】

 内容は重い過去を持ち、どこか人生を諦観しているふたりの男、便利屋の多田と風来坊の行天が織り成すバディ(相棒)ストーリー。
 映画やTVドラマの原作にうってつけという素材なのだが、私は雰囲気的に狩撫麻礼×たなか亜希夫の『ボーダー』という劇画に近いと思った。物語の中で、行天が場末の娼婦をチンピラから逃がすとき「鳥取へ行け、あそこには砂漠がある」というせりふがあるからだ(実際『まほろ駅前多田便利軒』は劇画化もされているらしい)。
 そうかといって多田が世を拗ねていたり、行天が常に暴力への衝動を充満させていたとしても、その割に男臭さがムっと漂ってくる感じが希薄だなとも思っていた。なんてことはない、読後に知ったのだが三浦しをんは女性作家だった。
 このように私は基本的には無知な本読みであるからして、『まほろ駅前多田便利軒』という直木賞受賞作品も、三浦しをんの人となりも知らないまま、ちょっとしたとっかかりから図書館から文庫を借りることになった。
 読む本を選択するときの理由は様々だろうが、この「読書道」の蓄積によって、ようやく未知の作家との出会いに喜びを覚えるようになったことは大きい。以前は第一義的にまず「完読出来そうか否か」というのが本選びの基準で、情けないことに作家に対する信頼感(安心感)ばかりを追いかけての読書がほとんどだった。
 もちろんお気に入りの作家のものであれば片っ端から読み漁りたい気持ちはある。しかし、それ以上に未読の作家に対する興味の方を今は優先したい気持ちになっている。読書の大半を創作もの(小説)に偏らせつつ、先入観のない作家との出会いによって、斬新な物語や科白への驚きをもたらせてくれるのならば、それこそ読書の醍醐味なのではないかと思い始めているのだ。
 『まほろ駅前多田便利軒』にこんなエピソードがある。物置の撤去を依頼先した主婦がいて、彼女は息子が本当の子供ではないという疑念を持っており、実は多田も行天も密かに真相を確信しているのだが、それを告げることは便利屋としての信義に悖るという多田に、行天が頑なに反駁しながらいう科白----。
 「不幸だけど満足ってことはあっても、後悔しながら幸福ってことはないと思う」
 こういうフレーズに突如出会うと嬉しくなってしまうではないか。買った本なら思わずページに折り目をつけてしまうところだが、借りた本なので、図書館の貸出しレシートを挟むことにした。上記の科白は一見ドライな印象を与えるが、この小説には全編に「優しさ」が漂っていると思うのは、その後の主婦と行天のやり取りに窺える。

  妙子の夫の若い頃の面差しと、北村周一はとてもよく似ていた。
  「似ているね」
  と行天がつぶやいた。なにを言うつもりだと、多田は飲み下したばかりの弁当
  の飯粒が胃の中で砂鉄に変わる思いがした。
  妙子が一拍おいて、「似てない親子だってよく言われるのよ」
  と早口に言った。
  「似てるよ」
  行天はアルバムのフィルム越しに、写真のなかの父子を指でそっとなぞった。
  「優しそうな感じがすごく」

 欠点のいくつかは容易に思いつく。人物を十分に掘り下げているわけでもなく、思わせぶりが多いわりには、いきなり説明過多になったりもする。しかし「優しさ」という着地点が、読み手である私と気分がシンクロして、すんなりと読み切ることが出来た。
 もっとも「まほろ市」のモデルが町田市であることは明白で、私としては少なからず土地勘があるために多少、評価が甘くなったのかも知れない。
 ご当地もので親しみやすいというのは小説の評価でもなんでもないのだが、家電量販店が建つ以前まで、県境付近の一角に娼宿があったのは事実で、あのうらぶれたエリアがJR横浜線を挟む商業都市と摩訶不思議なコントラストを描いていたことを巧みに再現していたと思う。作家の頭の中だけで創造された街が舞台あったとしたら、もっと寓話的な小説になってしまったのではないか。
 さらに行天の破天荒さに目が行きがちだが、それは翻弄される側の多田の便利屋という仕事を丁寧に描いていた証左ではないか。便利屋という多種多様な業務にディティールが効いているので、ファンタジーに流れる一歩手前のリアルな地点に踏み止まり、よい意味で、本作が直木賞受賞作であることを忘れさせてくれた。


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