◎ひとり日和

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◎ひとり日和
青山七恵
「文藝春秋」三月特別号


 映画に例えれば新刊本が封切りのロードショーだとすれば、文庫本はさしずめ名画座ということになり、今回、第百三十六回芥川賞を受賞したばかりの青山七恵『ひとり日和』が掲載された文藝春秋3月号はさしずめ試写会という趣だ。
 立派な装丁を施され「芥川賞受賞!」という帯が巻かれて書店に平積みされる直前に全文が掲載される文藝春秋誌は、選考者である石原慎太郎、村上龍、山田詠美、宮本輝などの豪華な選評つきでお買い徳感満載なのだが、これが毎度買いそびれてしまう。
 とくに三年前に綿矢りさと金原ひとみがW受賞したときの号はどこの書店や売店からもあっという間に消えてしまった。なんでも百十八万部を売り切ったらしい。
 などと知った風なことを書いてしまったが、直木賞はともかく芥川賞受賞作品なるものは殆ど読んでいなかったということに思い当たり、さっそく歴代受賞作一覧を見ると唯一読んでいたのが、柴田翔『されど、われらが日々』だけだった。『限りなく透明に近いブルー』は何となく食指が動かず、『エーゲ海に捧ぐ』はエロ小説としては中途半端に思えて健全な高校生として敬遠していたのだろう。
 やはり通俗野郎としては純文学なるものとはまったく縁がなかったということと、新人作家にも興味が湧かなかったということ。おそらくこれからも芥川賞受賞作の新刊本は多分手に取ることはないだろう。しかし受賞作品が掲載される文藝春秋の3月号と9月号は買っていこうかなと、今回掲載された『ひとり日和』を一気に読んで思った。

 【二十歳の知寿が居候することになったのは、 母の知り合いである吟子おばあちゃんの家。駅のホームが見える小さな平屋で暮らし始めた私は、キオスクで働き、恋をし、吟子さんとホースケさんの恋にあてられ、少しずつ成長していく。】

 最近は「私小説」という言葉は、例えば「私小説風な〜」といった具合に、ものの比喩でしか聞かなくなった気がする。国語の授業で習った田山花袋とか白樺派などは教室の中だけの文学史なのかもしれない。しかし勝手にイメージしていた「私小説」と青山七恵の『ひとり日和』はまさにシンクロするものだった。全編が知寿という二十歳の女性フリーターの日常観察と心象だけで物語が成り立っている。この手の小説が芥川賞の主流なのかどうかもわからないが、こういう文体の作品を私は読み慣れてはいない。

 知寿は軽い盗癖と蒐集癖はあるものの、とりたててエキセントリックな性格のヒロインではなく、立場として特別な状況にあるわけでも突発的な事件に遭遇するわけでもない。物語は二十歳の春から翌年の春までの時間を切り取っているに過ぎず、最後は自立を描いているようにも見えるが、主人公に自立を促すほど大きな挫折を味あわせているということでもない。
 しかし時代の欲求に自己矛盾を抱えながらも、焦燥感に飢えることなく、何となくヌルく満たされた空間の中で精神的に孤独であり続けるのは案外やっかいなことなのかもしれない。
 それでも情報だけは「これらの中から選択して感情を突き動かせてください」といわんばかりにシャワーのように降ってくる。その情報は膨大な数であるがゆえにひとつひとつの賞味期限が異常に短い。そうなるとすべてに鈍感になって、刻一刻と時間を消費している内面へと目を向けることになるのだが、その内面も外への刺激に晒されていないものだから立ち位置があやふやで心許ない。
 そういう気分を七十年代では「しらけ」と表現されていた。しかし『こころ日和』はふわふわとうわずっている気分をニュアンスで文章にした小説でもなければ、主人公の知寿もおばあちゃんの吟子さんも白けながら日常を送っているわけでもない。彼女たちはそれなりにリアルな生活感の中で日々を過ごしている。

 知寿が住むことになる吟子さんの下宿は、小さな垣根の向こうに駅のホームが見える。
ホームで客を乗降されて電車が行き交う風景を庭先から眺めるという繰り返しの中で、二十歳の娘と老女の共同生活は四季を刻んでいくのだが、その間に失恋を二度経験した知寿はホースケさんと仲むつまじくする吟子さんに「何だかお年寄ってずるいね。若者には何もいいことがないのに」などと愚痴をこぼす。ホースケさんと片仮名で表記される物言いが知寿のか細い反発を感じさせて面白い。
 最後はずっと庭の垣根から眺めていた電車を、知寿は反対に電車の中からドアにへばりつきながら吟子さんの家を見る。決して小説的に誇張された劇的な舞台装置ではないが、何かに向って走っていく者とそこに止まる者との対比は巧いと思った。
 これは感情移入の小説であるとすれば、知寿は二十歳なりにきちんと焦っているので、四十路も半ば過ぎのオヤジでも二十歳の女性に過不足なく感情移入は出来る。それを小説の持つ魔力などといったら陳腐なのだろうが。


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